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GCストーリー㈱人事労務担当の阿南(アナミ)です。

年末年始は、息子@3歳の仰せのまま、

首都圏の電車を乗り倒しました。

ハイパー方向音痴が治りそうだと、こっそり期待しています。


『VUCAな時代』、『風の時代』と言われても、一体どうしたものやら。

変化、不確実性、自律、多様性、色んなキーワードが出ています。

今回は『生きがい探し』について書いてみます。

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何だか分からないけど不安

長い自粛期間と相まってか、

「得体のしれない不安感でしんどい。」と相談してくれる方が、

身の回りに増えてきました。


相談くださる方の多くは、20代~40代の就活生や、

小さなお子さんのパパママ世代です。


経済的に困窮することにならないか、

どう生きれば良いのか、将来の不安を

感じている方が多いです。


「未来の子ども達に希望を持って生きてほしい。」

けれど、この先どうなるか分からない。

どうすれば希望を持てるか分からない。


「人生を楽しんでいる背中を見せたい!」

ワクワクを大切に生きたい。

けれど、現実、そうもいかない。

10年経つ頃には

苦労して身に着けた仕事も地位も、なくなるの?


そんな訳ない!受け入れたくない。

こんな中で、どう楽しめば良いのか。

分からないから、このままでいいか。仕方ない。

でも不安...


「大丈夫だよ。」と私は言いたいです。

何の保証も出来ないのですけれど。


自分だけの「生きがい」

大きな時代の変化なので、受け止め方も様々かと思います。

『変化や不確実性をいかに愉しむか?』

が幸福感に大きく影響しているように感じます。


ハードがしっかりしていれば、

ソフトがどんなにアップデートされても、

柔軟に対応できます。


時代がどんなに変わっても、

変わらない願いや祈り、思いがあります。

そういった心の根っこは変わらないと思うのです。

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私達GCストーリーでは『パーソナルミッション』と呼んでいます。

「何のために生きるのか?」を定義した文章です。

VISIONや目的、目標のようにゴールのあるものではなく、

「自分が人生や仕事をかけて何をしたいのか?」

他の誰でもない、自分自身の「生きがい」を現したものです。


どうすれば、自分の弱く繊細で、深い深~いところから

「ほんとうの思い」を引き出せるのか。

オリジナルのフレームワークを作り、

組織作りだけでなく、研修や対話を繰り返し、

GCストーリーに関わってくださる仲間と、

実践しながら試行錯誤し、磨き続けています。


見つけると、変化が起こる

『パーソナルミッション』を、1度言葉にしてみると、

思い出す度にネガティブ感情が湧き上がってくるような

出来事や人も、徐々に見え方が変わってきます。

人間関係に煩わされなくなったり、

偽りの自分を演じる必要性を感じる場面が少なくなったり。

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丁寧に心の整理をしていくと、

キラッキラな光が見えてきます。

幼い子どものようなワクワク感が

「ババーン!!!」と出てきて、

その人の顔が輝く時の感動ったら、

言葉で表現できません。


宇宙と「バチッ!!」と繋がった感覚に

なる方もいたりします。


底抜けに明るくポジティブに生きたい。けど、出来ない。

自分の自信のなさや弱さを、

いかに開示するか、いかに皆で受け止めるか。

とても勇敢な第一歩を踏み出す姿は、

そこに至るドロッドロの葛藤も含め、

私にはとても美しく見えて、感動します。


「生きがい」について考えてみたいと思った方は、

是非何かの形で繋がって頂けたら嬉しいです。

私のパーソナルミッションは『愛の環を拡げる』です。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

「思いで繋がる瞬間」を一緒に体感できる日を

楽しみにしております♬

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こんにちは。GCストーリーに入社して5年目の小池です。

先日、1泊2日で全社研修を行ってきました。

(3グループに分かれての実施)


研修の目的は、対話を通して

GCストーリーの理解を深めることでした。


●研修で取り扱ったテーマ

・GCストーリーがよく使用している言葉の定義や考え方

・現在のGCストーリーの課題感及び打ち手

・個人が意識できている範囲の認識と決意発表


研修で過ごした時間は、笑いあり、涙あり、感動ありと

夜のコンパ(飲み会)まで含めて本当に良い空間でした。


研修を終えて感じたことは、

一人ひとりの意識や行動が

組織を創っているんだということです。


上記のことは言葉としては理解していますし、

GCストーリーは人間的成長を重視している会社なので、

違和感なくそうだと考えてはいますが、

研修の最後に行ったみんなの決意発表を聞いて、

改めて実感した気がします。


会社の視点を持ちながら、

「私は◯◯に貢献したい」と決意する個人の想いは

心動かされるものであり、

私自身がGCストーリーを好きな理由でもあります。


そんな個人が集まる場所は、

ものすごいエネルギーに満ちあふれているでしょうし、

個人の意識や認識が上がると

より大きいエネルギーになる気もします。


そしてそのエネルギーが結果として

様々な現実を変えていくんだとも思います。


今回の研修では、組織の話も個人の話も

対話をしながら深めることができ、

その時間自体が私自身にとっても会社にとっても、

未来に前進する時間だったなと感じます。


エネルギーをたくさんもらった場だったので、

そのエネルギーをチームや会社、

そして関わる方に返していきたいなと思います!

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人生を全うすること

サービスプロモーショングループの黒川です。(入社9年目)


私事になりますが、先日母方の祖母が

86歳で亡くなりました。

急性の肺炎で、病院から連絡がきてから

5日後に息を引き取りました。


"いつ亡くなってもおかしくないです"

という連絡を病院から受け

すぐに家族で祖母の住む熊本県天草市へ向かいました。


病院に着いた頃にはまだ意識があり

会話も出来る状態でした。

駆けつけた我々に対して祖母は

"(来ることを知らなかったから)ご飯の準備をしていない"

ことや

"寝泊まりの用意が出来ていないこと"等の

心配をずっとしていました。


自身は倒れ入院している状況で

"いつ亡くなるかもわからない"中でも、

家族や周囲の人の心配をする。


その姿に、胸を締め付けられると同時に

最後まで命を燃やしている力強さと優しさを感じました。


祖母が旅立ったあと、

家族で家の整理をしていた時です。

随分昔に書かれた日記のようなものを発見しました。


そこには自身の生い立ちを始め、幼少期の想い出や、

祖父との出会い、子供が生まれた時のことなどが

書かれていました。


その中でも印象的だったものが、

幼少期に経験した戦争の記録です。


当時、松ヤニを取りに行っていた際、

作業に夢中になっていた祖母は

空襲警報に気付かず

逃げ遅れてしまったことがあったそうです。


防空壕へ入れず、近くで身を潜めていた祖母が

目にしたのは長崎県に落ち煙を上げる

原爆投下の瞬間だったそうです。


幼少期にこの様な死と隣り合わせの経験をし

"生きることが当たり前じゃない"世の中で育ち

家庭が出来てからは、家族や子供、私達孫への

沢山の愛情を捧げたくれた人生には

きっと"自分を犠牲にすること"が

多くあったのだろうと思います。


それでも思い出すのは、

いつも楽しそうに歌いながら料理を作る姿や

誰かが遊びに来るのを嬉しそうに迎えてくれて、

泣きながら見送る姿ばかりです。


そんな姿を想い出していると祖母の人生を

"自分を犠牲にして過ごしてきたもの"と捉えるのは

失礼だと感じました。


亡くなる間際に見た

"命を燃やしている力強さと優しさ"こそ

祖母が全うしてきた人生そのもの何じゃないかな

と思うのです。


これからも祖母に応援してもらえるように

私自身も"全ての人へ恩返しをする"というミッションを

人生をかけて全うしていきたいと、

改めて決意出来た瞬間でした。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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亡くなる前に祖母が作っていた途中の干し柿たち。

(こんなに沢山誰にあげる予定だったのかな~笑)

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こんにちは。入社10年目の大沼です。


GCストーリーでは貢献のための成長という

考えを大事にしており、

貢献欲求は人間が持つ尊い欲求の一つだと

考えています。


今回は

貢献欲求はそれ単体で成り立つものではなく

ベースに感謝が必要だと

感じたお話を書かせて頂きます。


現在私の母親が入院をしていて、

父親の家事サポートのために

2週間ほど実家に帰省しています。


帰省をすると決めたときには、

感謝をしている両親の力に少しでもなれれば

という純粋な貢献欲求を持っていました。


ただ実際に実家に帰って

父親と過ごす時間の中で、

その純粋な気持ちがモヤモヤする状態へと

変化していきました。


役に立ちたいという爽やかな気持ちが薄れ、

ストレスで夜も寝づらい状態が

3,4日間続いていました。


これはまずいなと内省をしてみると、

知らず知らずに父親をコントロールしたい欲求が

芽生えてきて、思い通りにならないことに

ストレスを感じていると気づきました。


また同時に父親に対する感謝の気持ちが

希薄になっていました。


母親が闘病を頑張っているのだから

もっとしっかりして欲しい、

情けない父親を見たくない、、

と自分の期待を裏切られた感覚を持ちました。


その裏切りの感覚は

私の感謝の気持ちをあっさりと希薄にし、

貢献したいはずの自分を

コントロールをしたい自分へと

変容させてしまったようです。


思ってもいない恐ろしいことが

自動的に自分の中で起きていたのだと

ハッとしました。


お陰様で内省ができてからは、

感謝をベースに自然に湧き上がる貢献欲求で

行動しようと、心が落ち着いてきました。


まだまだ心は揺らぎますが、

内省というスキルは本当に偉大です。


感謝、貢献、期待、裏切り、、


全部自分の中に芽生える感情で、

どの感情を持つのも自由ですが、

本当に在りたい自分で人生を生きるために、

内省と感情の選択をしていきたい。


決意を新たにする帰省期間となっています。

ありがとうございました。

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のめり込みすぎに注意

入社16年目の久野と申します。


システム開発、サポート、メンテナンス等、

社内のIT系業務を担当しています。


インターネットの便利な面に助けられることも多い一方、

その特性と使う人の心に気をつけねばと

思わされた出来事がありました。


先日、菅内閣が解散し、岸田内閣が発足しました。

それに先立ち、自民党総裁選が開かれましたが、

その際に思ったことを書いていきたいと思います。


YouTubeのおすすめに上がっていた出馬表明演説を見まして、

ある候補の演説に感銘を受け、応援するようになりました。


そうすると、YouTubeやネットニュース等で

その候補関連の情報が目に入るようになり、

閲覧頻度も上がってくることで

その候補への好感度がさらに上がってきます。


そこまではまだよかったのですが、さらに日が経つと、

今度は対立する候補者のマイナス情報も

目に入ってくるようになっていました。


気づかないうちに、応援したい人の情報だけでなく、

対立する人のマイナス情報も探し始めている自分がいたのです。

ここまで来ると、もう冷静な判断ができなくなってます。


ある日ふとそのことに気づいて、うわ、怖いなと感じました。


YouTubeに限らず、最近のニュースアプリ等は、

過去の閲覧履歴から、興味のありそうな記事を

お勧めしてくれます。


自分が見たい情報しか見えなくなるフィルターバブル現象や、

特定の信念が増幅・強化されてしまうエコーチェンバー現象など、

インターネットはその特性から

人の目を曇らせてしまうことがあります。


そうすると、今回のようなことも

起きやすくなっているように思います。


インターネットはとても便利なツールではありますが、

その特性をよく理解して付き合っていかないと

いけないなと思わされた一件でした。

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こんにちは!入社3年目の中原です。

後輩と関わる機会が増えてきたこの頃です。


最近、後輩に対して

多くを求めすぎるフィードバックを

してしまったと反省することがありました。


今後、より良いフィードバックが

できればと思い、僕が新卒の頃に感じていた

ことを赤裸々に振り返ってみました。


3年目の今「成長と貢献」について考えると...

社名でも取り上げているように、

GCStoryは「成長と貢献」を大切にしています。


僕も、会社に「貢献」をするつもりで入社をしました。

しかし、当たり前といえば当たり前ですが、

1年目の時はできることが少なく、

貢献をしていると十分には感じられませんでした。


先輩から教えてもらってばかりで、

むしろ忙しい先輩の時間を奪って

迷惑をかけていると心苦しく思っていました。


そんな僕に対して、先輩たちは、

「居てくれるだけで貢献をしている」等と

言ってくださいます。


しかし、当時は自分が苦しみ過ぎないように

言ってくれていると思い、中途半端にしか

受け止められませんでした。


今では、先輩が言ってくださった

「居てくれるだけで貢献をしている」を、

本当に先輩が感じていたことだと

受け取っています。


自分自身が確かに後輩がいてくれるだけで

有り難く感じているからです。


経験をしないと伝わりにくいことがあることを

意識して話をするようにしようと思います。

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自分の心と向き合う重要さ

できないことが多かった僕は、

フィードバックをもらう機会が続くと、

「やっぱり僕はダメなんだ」と

家に帰って悩むことがありました。


頭では、「最初だからできないことが

多くて当たり前」と考えていたのですが、

どうしても心が反応してしまうのです。


自分のコンプレックスに関わるフィードバックが

特に厄介で、いただいた日には

その夜眠れないこともありました。


自分自身が先輩になった今では、

「後輩を早く成長させたい」という気持ちに

囚われてしまうことがあると気づきました。


そんな時はまず一呼吸を置いて、

どうして自分がそう思うのか、

心の声をよく観察します。


すると、「後輩から認められたい」や

「周りから何か言われたくない」等、

私的な部分が混じることがあると

気が付きました。


フィードバックをする前に、

まずはよく自分の心と向き合おうと思います。

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自転車の補助輪になりたい

他にも入社したばかりの時にしかない

特有の感覚があります。


どのような心構えがあると、それらの感覚に

配慮してフィードバックできるのでしょうか?


最近、先輩の一つのあり方として

「自転車の補助輪」という比喩を

教えてもらいました。


最後に補助輪なしで自転車に

乗れるようになった子どもは、

補助輪をつけていたことをすぐに忘れます。


そして、「自分の力で乗れるようになった」と

実感を持ちます。


同じように、「自分の力でできるようになった」と

自信が持てるように仕事を教えることが

大事なんだとか。


そのような姿勢を持っていると、自ずと、

後輩の気持ちに寄り添った

仕事の教え方・渡し方ができるイメージが

湧いてきます。


これから、自転車の補助輪のように、

後輩と共に切磋琢磨してまいります。

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こんにちは!

採用・編集の仕事をしている櫻庭(さくらば)です。


「自分らしく生きる」とはどういうことか、

最近考えています。


新卒でGCストーリーに入社して3年。

強みや特性を生かして自分らしく働けるように

なってきました。


しかし最近、ある意味これから

それを壊していく必要があると感じています。

ここを超えていくことが成長なんだろうなぁ、と。


というのも、「自分らしさ」には

「自分はこんな人だから」という

無意識のストッパーが巧妙に紛れている

と気づいたからです。


どんどん仕事の幅が広がり挑戦機会が増え、

「自分にできるのか」とためらうことがあります。


そんなとき思い出すのが、

大学時代のある経験です。


当時私は学生団体に所属していて、

イベントの集客に奔走していました。

少ない人数で役割分担をして、チームで

なんとか助け合いながら目標を追っていました。


そのとき私は、できるか分からないこと、

苦手意識があることでも

「私やります!こっちは任せて!」と

自然と声をあげていたのです。


誰かと助け合いながら目標に向かうことで、

それまで以上の力やエネルギーを発揮していました。


苦しかったけど、それ以上に

とても楽しかったのを覚えています。

等身大でもがいている感じが、

最高に自分らしかったなと感じるのです。


「自分らしく生きる」とは

自分を型にはめることでもなく、

自分にとって心地良い状態でいることでもない。


時には葛藤しながら、心のエネルギーを

最大化させて自分の可能性を拓いていく

ことかもしれないと思います。


私の場合は、誰かのため、チームのため、

そんな感覚が「自分らしさ」を超える鍵に

なる気がしています。


個性を大事にしつつ、時にはそれを超えて

新しい自分を発見すること。


それもまた、自分らしく生きるために

重要な挑戦なのではないでしょうか。


誰もがありのまま自分らしく

生きられる社会を実現するため、

小さいかもしれないけどまずは自分から。


仲間と一緒に、等身大で最高に自分らしく

生きる人生を体現していきたいと思う今日この頃です。

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2014年中途入社の上野有紀です。

現在は主に屋外広告物の申請業務に

携わっています。


第二子の育児休業から復帰して

約1年2ヶ月が経ちました。


子供が生まれてからは、

今まで時短勤務をしていましたが、

今年の3月からフルタイム勤務に戻しました。


2人目の育休復帰後からフルタイムに戻すまでに、

家庭と仕事の両立のために手放した事があり、

今日はそのことについて書こうと思います。


何を手放したかというと、

「平日に家族の夕食作りを頑張ること」です。


現在は平日は作り置きのおかずやカレー、

レトルトの牛丼、余裕があればみそ汁等を作ったり、

無理だ!というときはUber Eatsなどに頼っています。

(ちなみに、夫も料理します。

2人目の育休復帰後~最近までは

料理の主担当は夫でした。)


2人目の産休に入るまで(時短勤務をしていた頃)は、

仕事から帰ってきてから夕飯を作っていました。


もとから料理が得意なわけではなく、

手際も良くはないですが、

少なくともみそ汁と主菜一品は食卓にあげる

というのを目標にしていました。


2日分を一度に作るなど効率的にできるやり方を

模索していましたが、

「ごはんをどうするか?」という意識は

常に頭の中にあったと思います。


その後、育休中は夫が食事作りを

してくれる事が多くなり、コロナ禍をきっかけに

完全に夫が主担当に変わりました。(私の負担を鑑み)


2人目の育休復帰時には、

「私がちゃんとごはんを作らなければ」

という認識がだいぶ薄くなっていました。


なので決意を持って「手放した」というよりも、

だんだん変化していったという方が

正しいかもしれません。


そうなると、

「ご飯作りを頑張る必要はないとなると、

私は何のために時短勤務をしているんだっけ?」


「そもそも復帰したら時短勤務って、

検討の余地なく当たり前だと思っていたけど、

なぜ私はそれが当たり前と思っていたんだっけ...?」


など、ご飯作りを頑張る、

子どもが小さいうちは時短勤務が当たり前、

などの価値観に囚われていたんだなというのが

見えてきました。


家族が美味しい料理を食べられるように

したくて頑張るというのは、

それは純度100%の愛情だったと思いますが、


なぜ自分がそうしたいと思っていたのかを考えると、

私の場合は「母親なら美味しい料理を作るべき」

という呪いにかかっていたんだな、

と今では思います。


自分が古い価値観に囚われていたと認識したことは、

時短勤務からフルタイムに戻した理由の1つです。


最近は夫が毎日の食事作りに疲弊してきたため、

私ができるだけ作っていますが、

改めて認識したのが、

毎日の料理を準備するというのは

けっこう負担だということです。


なので、負担にならないよう、

できる事しかしない、

主に作りおき(何日か同じメニューでもよしとする)、

などの「回す」ことを重視した運用になっています。


食事の準備なので、

やっていることとしては以前と同じですが、

自分の描いていた理想に囚われていない分、

気持ちが楽になったと思います。


私の中にはまだまだ沢山、

色んな「こうあるべき」という価値観があると

思いますが、自分や周囲の人を苦しめるものには、

気づき次第自分の中から手放していきたいです。


さいごに、仕事と家庭の両立というと、

こっちを立てれば向こうが立たずのような状況になり、

難しさを日々実感していますが、


先日仕事を溜めすぎてしまい連日残業していたら、

「最近遅いよね?大丈夫?

やばかったらちゃんと声かけてね、

その為に自分たちはいるんだから。」

と先輩に声をかけてもらい嬉しかったです。


信頼できる人達と一緒に働けて

自分は幸せだなというのと、

これからも仕事でも人間的にも

一歩一歩成長していきたいと思います。

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↑時間がかけられる休日には

自分の食べたい料理を作ります。

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入社6年目、営業の石飛(いしとび)と申します。

バタバタと生きていたら、あっという間に

中堅と言われる年になりました。

(GCストーリーは若い会社なので、

6年目でも中堅と言われます)


実はわたくし今年で29歳になりました。

周囲は転職や結婚、出産など

周囲はどんどん環境を変えていくわけで、

その変化を全く気にしないと言ったら

嘘になります(赤裸々)。


これまで、「転職考えたことないの?」

「辞めたいと思ったことないの?」と

幾度となく友人に聞かれました。


しかし、嘘でもお世辞でもなく

本当に一回も考えたことがない、というのが

正直なところです。


そもそも私がなぜGCに入社したいと思ったのか。


親への反発心とか、自分を変えたいとか、

人のためになりたいとか

GCストーリーという、いちベンチャー企業を

選択する要素は沢山ありました。


しかし6年経ってもぶれないで残り続けているのは

「社長含めてメンバーを

人として信じられると思ったから」なんだと、

当時は直感だったものが今は言語化できています。


そこが大事だったから、ベンチャー企業にある

リスク(いつ潰れるか分からない、多忙、

大企業に比べればお給料も少ない)が

頭に思い浮かんだとて、

私はここに入ると選択したんだと思います。


大学時代に教授に言われた

「感覚こそが、自分の最大の根拠だ」

という言葉も当時の私を後押ししていたし、

今も自分の中で大事にしてる言葉です。

(感覚って自分の人生の蓄積したものだから、

強い根拠になりうるよ、という話)


リスクがある、いわゆる苦しい選択を

しようとしているときほど

自分の中で大事にしたいものが

そこにあったりするなと思います。


苦しいのに、選択肢から外さないことには

理由があるなーと思うのです。


つらつらと書きましたが

特に就活を頑張る学生さんに伝えたいことがあります。


自分が辛いとか苦しいと思っていても、

選択肢から外せないものがあるとしたら

その中に自分が大事にしたいものがあるから

簡単に手放さないで!とエールを贈りたいのです。


私も自分が大事にしたいものを

しっかり見極めながら

これからも生きていきたい、

そう改めて思いました


■P.S

私の入社理由について

社内でインタビューしてくれた動画があるので

こちらを是非御覧ください!↓↓↓↓↓

【親への反抗も!?】実力勝負できる会社へ飛び込んだ理由【志望動機】

DSC_2546_R.jpg

(今夏から都外へ移住した同期と。撮影時のみマスクを外しています)

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人に頼るのが難しい

入社して4ヶ月が経ちました、

新卒1年目の町田です。

サービスプロモーション事業部で

施工管理の仕事をしています。


そして、ありがたいことに、新卒ながらも

沢山の仕事を任せてもらっています。

その中で感じた「人に頼ることの難しさ」

について話します。


皆さんは自分の仕事を誰かに頼むとき、

どんな気持ちになりますか?


「忙しそうだし、どうしよう...」と

消極的になる方が多いと思います。


逆に、自分が誰かに頼まれたときは

どうでしょうか?


「全然良いよ!」と積極的になることが

多いと思います。

最近の自分はこの傾向が顕著になっていました。


「周囲の負担を増やす訳にはいかないから...」

と周りに頼めないのに、

「それやります!」と手を挙げる...。


結果どうなったのかというと、

一人で抱えきれなくなりました(苦笑)


最初から先輩にお願いしていれば

すぐ終わった仕事が、自分が抱え込んだ結果、

遅れてしまうこともありました。


「本末転倒だな...」と自己嫌悪に陥るばかり。


そんな中、

「お願いされるのは全然迷惑じゃないよ!」

「むしろ抱え込み過ぎる方が心配!」

という先輩方の声に心救われる毎日でした。笑

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(先輩方に囲まれて。撮影時のみマスクを外しています)


このように、誰かに仕事を頼むことは、

必ずしも相手の迷惑になるとは限らないはず。


むしろ抱え込むほうが

迷惑となる結果を招くことが多いです。


しかし、実際のところは

「迷惑だから...」と引いてしまいがちです。


なぜでしょうか?


一つの答えには

「自分で勝手に想像した別人格の相手に

お願いしているから」があると思います。


「忙しそう」「迷惑だろう」というのは、

相手の本当の気持ちではなく

自分の見立てに過ぎません。


実際に聞いてみると、むしろ

「全然いいよ!」と受け入れてくれることが

よくあります。


仕事をお願いするのは

他でもないその相手であり、その人格です。


自分の想像に囚われ、翻弄されないよう、

人間的成長をしたいと思う最近でした。

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